〜DHL寒天培地,SS寒天培地,MacConkey寒天培地〜

国立病院機構 大阪医療センタ− 佐子 肇



 培地は大きく分けると,特定の菌種だけでなくできるだけ多種類の菌種を発育させる(非選択培地)と特定の菌種のみを発育させる(選択培地)がある。非選択培地にはDHL,MacConkey寒天培地, 選択培地にはSS寒天培地が相当する。今回は腸管感染症に使用される以下の培地について解説する。

●DHL(Desoxycholate Hydrogen sulfide lactose)寒天培地
 DHL寒天培地はデスオキシコ−レイト寒天培地を改良し,Salmonella,Shigellaなどの腸内細菌の分離培養に適した寒天培地である。

●SS寒天培地(Salmonella-Shigella)寒天培地
 SS寒天培地はSalmonella及びShigella の分離培養に適した選択培地である。

●MacConkey寒天培地
 MacConkey寒天培地はS.Typhi 菌分離を目的として改良された培地で,腸内細菌をはじめとする各種のグラム陰性桿菌分離培地として,最も古典的な培地である。


培地組成

*:作成当日に使用する時は滅菌不要
培地組成は製造会社によって一部異なる


腸管系感染症分離菌の各培地の発育性の比較

(*): 下痢原性大腸菌


分離培地上での腸管病原菌の集落所見


(1)慣用されているSS寒天培地はDHL寒天培地よりも選択性が強いため一部のSalmonella菌株(S.TyphiS.paratyphi-A)及び一部のShigella菌株において発育が阻害されることがあるため,やや選択性の弱いDHL寒天培地(MacConkey寒天培地)など2種類を併用することが望まれる。
 SS寒天培地はShigella菌に対する発育阻止作用は菌株によって差がかなりあるが,一般的にS.dysenteriaeS.sonnei菌株に多く見られ,外国ではShigella菌の分離培養には用いないように勧められている。
・下痢原性大腸菌の分離にはDHL寒天培地やMacConkey寒天培地の選択性の弱い培地による分離培養が唯一の方法である。両培地は乳糖からの酸産生を指標とし,分離菌株はさらに数種類の鑑別培地を用いてE.coliであることを確認する。
 一般的にEIECは他のE.coliよりもSS寒天培地のような選択性の強い培地でも発育する傾向があるが,阻止されることもまれではない。・Y.enterocoliticaはDHL,SS及びMacConkey寒天培地に25〜30℃,48時間培養で発育する。DHL寒天培地では白糖を発酵して赤色微少集落を形成する。SS及びMacConkey寒天培地では露滴状の半透明集落を形成する。通常Y.enterocoliticaの発生頻度は比較的低く,本菌のための分離培地(CIN寒天培地)を日常の下痢検査に加える必要もなく,もし本菌を疑う時は分離培養をさらに1夜室温放置すれば集落の確認ができる。

(2) Y.pseudotuberculosisの培養はMacConkey寒天培地を用いて,25〜30℃,培養が勧められるが48時間培養では培地上に直経1mmの乳糖非発酵性で灰白色の集落を形成するが,DHL寒天培地では株により発育が抑制される。

(3) Aeromonas菌はDHL,及びMacConkey寒天培地によく発育し,MacConkey寒天培地では通常無色の集落を,またDHL寒天培地では白糖発酵し赤色集落を形成する。しかし,SS寒天培地ではしばしば発育を抑制される,もちろんTCBS寒天培地には発育しない。
P.shigelolides は DHL,SS,及びMacConkey寒天培地に発育し乳糖及び白糖非発酵性集落(無色)を形成する。 TCBS寒天培地には発育しない。

(4) MacConkey寒天培地はまれにShigella菌やE.coliも発育を阻止することがあるので注意する必要がある。また MacConkey寒天培地は別の目的として使用されることがある。MacConkey寒天培地Uは培地の塩化ナトリウム濃度を1%にするとVibrio choleraeV.parahaemolyticusも良く発育する便利な培地である。 


SS寒天培地とDHL寒天培地のSalmonalla菌株の発育性状の比較

 非チフス性サルモネラ菌はSS寒天培地上で直径1〜2mmの無色透明な円形集落を形成し,18時間培養で硫化水素が微弱で中心部の黒色が不明瞭であるが,時間の経過と共に鮮明になる。一方,S.paratyphi-A(硫化水素非産)やS.Typhi(硫化水素弱産生)菌はそれそれ無色透明ないし中心部がやや黒色の集落を形成する。しかし,SS寒天培地上での硫化水素産生性は各社製品によって著し差があり,DHL寒天培地ではSS寒天培地に比較して硫化水素産生性が良好で,S.Typhi菌は中心部がわずかに黒色を呈する集落が得られる。(S.TyphiはまれにSS寒天培地で矮小型の集落を形成することがあるので,見逃さないよう注意する必要がある。)


選択性を強化したSS寒天培地のメカニズムと問題点

 SS寒天培地のSalmonella及びShigellaに対する選択性の主体は胆汁酸塩,特にその主成分のデオキシコ−ル酸塩にある。胆汁酸塩をDHL,MacConkey寒天培地と比較するとSS培地は約7〜8倍添加されているため大腸菌群の発育を阻止している。さらにクエン酸塩やチオ硫酸塩にもあり,SS寒天培地では胆汁酸塩,クエン酸塩及びチオ硫酸塩の相乗作用によりSalmonella菌株及びShigella菌株以外の腸内細菌を強く阻止している。ブリリアントグリ−ンは胆汁酸塩と協力してグラム陽性菌の発育を阻止している。SS寒天培地は選択性の優れた培地ではあるが,Salmonella,Shigella及びAeromonas菌の一部の菌種に発育阻止されるため,本培地単独使用は避けるべきである。


おわりに

 検査室で腸管病原菌を分離するためには最小限の種類の培地で,最大の成果が得られるような培地の組み合わせが要求される。検査室で扱う検体が急性期のものでれば,特殊な選択培地(SS寒天培地)を必要とせず,DHL,MacConkey寒天培地の組み合わせで十分目的を達することができると考えられる。さらにMacConkey寒天培地に塩化ナトリウムを最終濃度1%に加えれば,Vibrio属菌の検出にも利用することができる。
 検査室では強力な選択培地は原則として必要ないが,すでに回復期に入った腸炎または下痢患者やチフス症患者或いは抗生物質投与後の便からの原因菌検索が困難なことが多いので増菌培養を併用する必要がある。