感染免疫部門 特別講演会 レポート
新しい抗菌ターゲットとしての緑膿菌Quorum sensing活性

関西医科大学附属病院 中村 竜也


はじめに

 去る3月5日に,大阪大学医学部附属病院 感染制御部 朝野和典 先生を講師にお迎えし「新しい抗菌ターゲットとしての緑膿菌Quorum sensing活性」と題し,御講演頂きました。本講演は今までの抗菌薬療法の概念とは異なる理論についての内容であり,今後の感染症治療に大きく役立つものであると思われました。以下にその内容について報告いたします。


感染症を考えるキーワード

 感染症発症を考えるときにまず重要なキーワードとして宿主と病原微生物との関係がある。高度先進医療に伴い宿主の状態によっては弱毒菌により感染症を発症する。また,いわゆる強毒菌による感染の場合には宿主の状態に関係なく発症する場合が多い。抗菌薬使用に関してもまたキーワードのひとつである。もうひとつに急性か慢性により病態に違いがありそれも感染症を考えるキーワードのひとつである。Quorum sensing活性については慢性感染症の際により関与があるとされている。そこでまず緑膿菌をモデルに急性感染症と慢性感染症を考える。


緑膿菌性呼吸器感染症

 緑膿菌による呼吸器感染症は急性であれば肺炎ときに気管支炎,慢性であれば持続気道感染,急性増悪,肺炎が考えられる。急性感染症に関しては外来患者ではほとんど経験することはないと思われる。もし,急性感染症を発症した場合の治療はその際に検出された菌に対する抗菌活性の高い抗菌薬を使用することにより治療しうる。すなわち,MIC値と臨床効果は相関する。一方,慢性感染症では持続感染やバイオフィルムを作成することが知られている。その際にMICの良好な薬剤を投与しても除菌を得ることができないことをしばしば経験する。それはバイオフィルム形成で抗菌薬が移行しにくくなっていたり,抗菌薬の効き難い状態になっている可能性があると考えられる。



慢性緑膿菌感染症の治療戦略

 慢性気道感染症の治療には,マクロライド少量長期投与が有効である場合がある。これは免疫系やバイオフィルム形成に対してマクロライドが作用することによると考えられている。本来,マクロライド系薬剤はグラム陰性菌に抗菌活性を示さない。しかし,慢性気道感染症の場合には治療効果が上がり,MICのみでは説明できない疑問がある。このことはMICでは評価できない抗菌活性が存在する可能性が示唆されると考えられる。そこで以下に細菌の増殖相別の抗菌活性を示した。βラクタム薬では対数増殖相で抗菌活性を示すが,これはβラクタム薬が細胞壁合成阻害剤であり細胞が増殖する際に細胞壁が合成されるからである。それに対してマクロライドやニューキノロンは対数増殖期および定常期の両方で抗菌活性を示す。慢性気道感染症では菌が定常期にあると考えられる。本来,マクロライドはグラム陰性菌にはMICが高いが慢性気道感染症では有効である場合があり,定常期に抗菌力が発揮される何らかの機構があると考えられる。そこで,緑膿菌のQuorum sensing(定数感知)機構に着目された。




定常期における薬剤感受性について

 通常の薬剤感受性試験は対数増殖期における菌と薬剤の接触による発育阻止の濃度を測定している。しかし,慢性気道感染症では菌の状態は定常期にあると考えられる。そこで緑膿菌PA01株を使用してCAZ,CPFX,TOB,AZMの4薬剤についてKilling法を用いて対数増殖期と定常期の各薬剤の殺菌能を見た。その結果から@フルオロキノロン系およびアミノ配糖体系薬は対数増殖期と定常期の良法で抗菌活性を示した。Aβラクタム系薬剤は対数増殖期では抗菌活性を示すのに対して定常期では認められない。Bマクロライド系薬剤は対数増殖期では抗菌活性を示さないが定常期ではアミノ配糖体に匹敵する抗菌力を示した。ということがわかった。成人cystic fibrosis患者における緑膿菌慢性気道感染症に対する抗菌薬治療のガイドライン(Birmingham, UK)では第1選択としてCPFXの単独療法が第2選択以降はβラクタム+アミノ配糖体の組み合わせであり,上記の検討結果から対数増殖期および定常期の両方に活性を示す組み合わせとなっていることがわかる。

緑膿菌が定常期で変化するものは?・・・・・
Quorum sensing機構が発現する!!


Quorum sensing 機構

 菌が感染の場においてお互いに密度を感知しながら,その密度により病原因子の遺伝子の発現を巧みに制御していることが様々な研究からわかっていた。菌と菌とが情報伝達を行い遺伝子発現を調節する機構がQuorum sensingとよばれるシステムである。この機構は細菌がある環境下で自らの状況を感知し,autoinducerとよばれるホルモン物質を介して情報交換している。さらにこの機構は菌種や属を超えて微生物世界において共通の言語として機能している可能性が示唆されている。まさに微生物が会話をしているのである。最近の研究において菌の情報交換についていくらかの知見が明らかになりつつある。Quorum sensing機構はI−遺伝子,R−遺伝子,ターゲット遺伝子の3つの遺伝子で構成されている。一部の遺伝子(AI-2と呼ばれるもの)は連鎖球菌,ブドウ球菌,ビブリオ,サルモネラなど様々な菌種間で情報伝達が機能していることがわかっている。また,先にも述べたがバイオフィルム作成にも関与している。感染症発症に関してはヒト上皮細胞に対するIL-8の産生誘導や貪食細胞に対するアポトーシス亢進などの作用も報告されている。様々な研究のもと,Quorum sensingと感染症との関係が解明されつつある。


なぜ,緑膿菌慢性気道感染症にマクロライドが有効であるのか(仮説)

 Quorum sensing機構でも述べたが,病原因子産生調節をQuorum sensingを使用して行っていると考えられる。Quorum sensingは対数増殖期では活性化されず,定常期で活性される。緑膿菌の慢性気道感染症ではBiofilmを作成し生息しておりその中はまさに定常期と考えられる。先にものべたがマクロライド薬は定常期に殺菌作用を示した。これはQuorum sensing機構をもつ株に対して殺菌効果を示すためである。そのためQuorum sensing機構が発現されていない株,いわゆる弱毒菌が残る。このことにより臨床症状が改善される。もうひとつにQuorum sensing機構によりBiofilmの作成もコントロールされている。そのためマクロライドを使用することによりBiofilmの形成が不完全となり症状の改善や除菌が起こると考えられる。これらの結果から緑膿菌慢性気道感染症にマクロライドが有効であると仮説ではあるが説明することができる。


おわりに

 現在の感染症治療は薬剤耐性菌との戦いといっても過言ではない。緑膿菌についても多剤耐性菌の増加が懸念されている。本講演は抗菌薬の今までと異なる作用により殺菌作用を示すというものであり,今後の耐性菌治療への応用にも役立つ内容であった。特にマクロライドについては様々な効果が知られており,Quorum sensing に対する効果もそのひとつであると認識できた。Quorum sensingについては感染症の発症病態を考える上で重要な現象と考えられ,今後のさらなる進展が期待されるところである。